大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8495号 判決 1971年12月24日

原告 藤本カホル

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

被告 申翊

右訴訟代理人弁護士 柴田政雄

同 松尾美根子

被告 同和信用組合

右代表者代表理事 金尚起

右訴訟代理人弁護士 野口敬二郎

被告 竹内洋高

被告 吉井信一

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 岡崎源一

被告 相沢知行

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 中村信敏

同 中村尚彦

主文

一  被告申翊は原告に対し別紙目録記載の不動産について昭和四四年四月二一日東京法務局杉並出張所受付第一三一二四号所有権移転登記および買戻特約の登記の抹消登記手続をせよ。

二、被告同和信用組合は原告に対し別紙目録記載の不動産について昭和四四年五月二一日東京法務局杉並出張所受付第一七〇三六号所有権移転請求権仮登記および同受付第一七〇三五号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三、被告竹内洋高、被告吉井信一、被告小宮山政行、被告小宮山正子、被告渡辺フサ、被告相沢知行および被告相沢ふみは各自原告に対し金一四〇万五、〇〇〇円および次の金員を支払え。

被告竹内洋高は右金員に対する昭和四四年一〇月二九日から右支払いずみまで年五分の割合による金員。

被告吉井信一、被告相沢知行および被告相沢ふみは右金員に対する同年九月一〇日から右支払いずみまで年五分の割合による金員。

被告小宮山政行および被告小宮山正子は右金員に対する同年同月七日から右支払いずみまで年五分の割合による金員。

被告渡辺フサは右金員に対する同年同月九日から右支払いずみまで年五分の割合による金員。

四、原告の被告竹内洋高、被告吉井信一、被告小宮山政行、被告小宮山正子、被告渡辺フサ、被告相沢知行および被告相沢ふみに対するその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は全て被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

主文第一、第二項と同旨

被告竹内洋高、被告吉井信一、被告小宮山政行、被告小宮山正子、被告渡辺フサ、被告相沢知行および被告相沢ふみは各自原告に対し金二二〇万五、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決ならびに第三項について仮執行宣言。

二  被告竹内を除くその余の被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告(請求の原因)

1  別紙目録記載の土地、建物(以下本件土地、建物という)は原告の所有である。

2  右土地、建物の登記簿上には、被告申のために主文第一項掲記の、被告同和信用組合(以下単に組合という)のために主文第二項掲記の各登記がなされている。

3  しかし、これらの登記は後述のように、いずれも何ら権利の実体の存しない当然無効のものなので、原告は右被告両名に対し、右各登記の抹消登記手続を求める。

4  被告小宮山政行(以下単に政行という)は昭和四四年三月被告竹内と相談して、本件土地、建物の偽造登記をなして、これによって第三者を欺き金銭を騙取しようと計し、被告政行の妻、被告小宮山正子(以下単に正子という)、同女の養父、被告吉井信一、同女の母、被告渡辺フサらもこの計に参加し、原告には何の連絡もなく内密にして、被告吉井および被告正子が同月二六日杉並区役所荻窪出張所において原告が肩書住所地より転出したむねの虚偽の転出手続をなし、また渋谷区役所笹塚出張所において原告が被告吉井の肩書住所地に転入したむねおよび被告吉井が保証人となって、原告が新たに印鑑登録をしたむね(原告の印鑑を偽造)の虚偽の手続をなし、翌二七日、本件土地、建物について、右虚偽の住所移転の登記手続をした。

5  その後同年四月、被告竹内、同政行および同渡辺は被告申を欺いて原告が本件土地、建物を買戻特約付で売却するものと誤信させ、もって架空の売買契約を締結せしめ、その売買代金名下に二千数百万円を被告申より交付させてこれを騙取し、原告名義の偽造印による印鑑証明書でもって、本件土地、建物を被告申に所有権移転するむねの登記申請手続をした。

6  本件土地、建物の所有権に関する登記済権利証は、従前より現在に至るまで原告が一貫して所持しており、何びとにもこれを手渡していないので、右被告らの登記申請手続は登記済権利証が滅失したものとして不動産登記法四四条所定の保証書によってなされた。したがって、同法四四条の二の規定による登記官の登記義務者即ち原告に対する通知がなされたが、これは前述の住所移転により被告吉井宅あてになされ、同被告が原告に内密に、右通知の書面に登記申請の真正なることを記載して登記官に届出で、もって被告申に対する本件土地、建物所有権移転の偽造登記が完成された。

7  被告相沢知行(以下単に知行という)、相沢ふみ(以下単にふみという)は同年四月、右登記申請に際し、登記義務者である原告については全然不知の間柄で、何らの知識を有しないにかかわらず、原告不知の間に右登記申請の登記義務者が人違でないことを保証する書面を作成し、これを被告竹内、渡辺らに交付し、同被告らはこれをもって右偽造登記を完成したのである。

8(被告竹内らの不法行為責任)

前述のように、被告竹内、同政行らが本件土地、建物についての偽造登記を計し、被告吉井、同正子、同渡辺らがこの計を知ってこれに賛同し、前記住所移転、印鑑登録、登記申請などの各手続を分担協力して右計を完成したものである。したがって、右被告ら五名は共同不法行為の主観的要素である関連共同の意思を持っていたこと明らかであるから、各自連帯して後述の損害を賠償する義務がある。

9(被告相沢両名の不法行為責任)

被告相沢知行は登記申請手続代理を業とする司法書士、相沢ふみはその同居の親族であって、ともに保証書作成に当っては登記義務者の人違でないことを確知していなければならないこと、不正の保証書作成はその被害が大きく、これが防止のため先年の地面師騒動以来罰則が強化されたことなど十分知っているにかかわらず、前述のようにあえてこれを冒し、もって前記偽造登記完成の一助としたものである。したがって被告相沢両名の右不正保証書作成の行為は前記被告竹内ら五名の共同行為と結果的に関連し、互に加功し合って偽造登記が完成されたのであるから、双方の行為は客観的に関連共同の関係にあるというに十分である。したがって、被告相沢両名も被告竹内ら五名とともに共同不法行為者として各自連帯して後述の損害賠償責任がある。なお、被告相沢両名の前記不正保証書作成の過失はそれ自体として独立の不法行為法上の責任があるので、原告は右被告両名に対しては、予備的にこの独立の不法行為責任による損害賠償を求める。

10(損害)

原告は前述の偽造登記の抹消を求めなければならないが、被告申、同和信用組合はその登記により多額の出捐をなしているので、原告の要求により任意、早急に抹消登記手続がなされることはとうてい期待できないところである。したがって、抹消登記手続のための訴訟、その執行保全のための処分禁止の仮処分は避けられないところであり、右仮処分申請、訴訟遂行には高度の法律技術を要し、弁護士に手続代行を委任することもまた不可避である。しかして、右仮処分決定の嘱託登記のため登録印紙代二〇万五、〇〇〇円を原告はすでに支払ずみであり、かつ、右抹消登記手続等請求の本件訴訟も長期間にわたるはげしい抗争が予想され、かつ本件土地、建物の評価額は一、六〇〇万円をこえる高額であるから、前記仮処分および本件訴訟の最終的落着までの弁護士手数料、報酬合計は二〇〇万円を下らないものとするのが妥当である。したがって、この二〇〇万円と前記登録印紙代二〇万五、〇〇〇円との合算額二二〇万五、〇〇〇円は、前項記載の被告竹内ら五名と被告相沢両名の不法行為によって生じた通常の損害額というべきである。けだし、自己所有不動産について偽造登記がなされた場合に、これが抹消のため弁護士を委任して仮処分執行本訴提起をなし、これに対し相当の手数料、報酬を支払うことは通常の過程であって、誰しも予見可能のことであり、よって、このために生じた損害は偽造登記と相当因果関係あるものというべきだからである。したがって原告は被告竹内ら五名と被告相沢両名に対し、右損害額二二〇万五、〇〇〇円の賠償と、損害発生後である本訴状送達後のこれに対する民事法定利率による遅延損害金の支払とを合せ求める。

二  被告申の答弁と主張

1  請求の原因中本件土地建物に被告申のため原告の主張の各登記のあることを認め、その余は不知。

2  被告申は昭和四四年四月一〇日、本件土地、建物の所有者藤本カホルとの間で本件土地建物を代金三、〇〇〇萬円也買戻期間昭和四四年七月一〇日の約束で売買し、同年同月二一日所有権移転登記と引換に金三、〇〇〇万円を藤本カホルに支払った。右契約当事者である藤本カホルが被告渡辺フサであるという事実は全く知らない。

三  被告同和信用組合の答弁と主張

1  請求原因事実中本件土地、建物に被告申および被告組合のため原告主張の各登記のあることは認めるが、その余の事実は争う。

(一) 被告組合は被告申と昭和四四年五月八日締結した手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越、債務保証、保証等の取引により生じる債務の履行に関する信用組合取引契約により同被告が被告組合に対して負担する一切の債務を担保するため、同日同被告と、目的物件を同被告所有の本件土地建物、債権元本極度額を金一、八〇〇万円、利息を金一〇〇円について一日金三銭、遅延損害金を金一〇〇円について一日金五銭等とする根抵当権設定契約ならびに同被告が同信用組合取引契約に基づき被告組合に負担する債務を弁済しない場合に被告組合はその認定する価格を以って同土地建物の所有権を債務の全部または一部の代物弁済として被告組合に移転することが出来る旨の代物弁済の予約を締結したので、同月二一日原告主張の登記手続を経由した。

被告申は、同年四月一〇日原告から代金三、〇〇〇万円で同土地建物を期間同年七月一〇日、金額金三、〇〇二万円の買戻特約付で買い受けて所有権を取得し、同年四月二一日所有権移転登記手続を経由したところ、原告は買戻し期間を徒過したので同被告の所有権は何人にも対抗することが出来るのである。

被告組合は同被告の同所有権取得に買戻しの特約が付されていたところから同年五月一四日原告より同設定契約及び同予約の締結についての承諾を得て同登記手続を経由したのであって同設定契約及び同予約は原告に対抗することが出来るのである。

(二) 仮に本件土地、建物の売買契約を原告が直接被告申と締結したものでないとしても、原告は旧知の間柄にあった被告政行に本件土地建物の売買契約を締結するについての代理権を与えていたのであるから、同売買契約は原告に対し、その効力を有するものである。

仮に被告政行に原告を代理して本件土地建物を目的とする売買契約を締結する代理権がなかったとしても、原告は昭和四四年四月初旬金三、〇〇〇万円の資金を必要としたことから、本件土地建物を担保に金三、〇〇〇万円借り受ける権限を被告政行に授与したので、同人は原告の代理人として被告申に本件土地建物を担保に金三〇〇〇万円の融資方を申し入れたところ被告申において、買戻期限を三ヶ月後の日とする買戻特約付き売買以外に応じない旨を固執したため、被告政行はこれを承諾し同月一〇日被告申と売買代金三〇〇〇万円、契約費用金二万円、期間同年七月一〇日、買戻権者原告の買戻特約付本件土地建物売買契約を締結し、同年四月一〇日金三〇〇〇万円の売買代金を被告政行に交付したのであるから、被告申において、被告政行に本件土地建物の売買契約を締結するについて原告を代理する権限があると信じるについての正当の事由があったというべきであり、しかも、そのように信じるについて何らの過失もなかったのであるから民法第一一〇条の表見代理行為が成立し、原告は被告政行の代理行為についてその責に任ずべきである。

四  被告吉井信一、同小宮山政行、同小宮山正子、同渡辺フサの答弁

請求原因第一、第二項の事実は認める。第三項ないし第五項は争う。本件は被告竹内の単独の不法行為であって、その他の被告らは不知の間に被告竹内に利用されていたのに過ぎない。第六項中、被告吉井に関する点および保証書に関する点を否認するほか認める。第七項以下争う。

五  被告相沢知行、同相沢ふみの答弁と主張

1  請求原因第七項の事実中、被告相沢両名が原告主張の頃原告主張の保証書を作成したこと、右被告らが原告とは不知の間柄であることは認めるがその余は争う。第九項の事実中、被告知行が登記申請手続代理を業とする司法書士、被告ふみがその同居の親族であることは認めるがその余は争う。第一〇項の事実は争う。

(一) 被告知行は昭和四三年一〇月二四日杉並区阿佐谷北一丁目六番一四号所在の事務所に藤本カホルの息子と称する者の訪問を受け、藤本カホルが銀行より金を借用するにつき同女所有の本件土地建物に対し、抵当権を設定するのだが権利証を紛失したるため登記が出来ないので、保証書作成方の依頼を受けた。

(二) これに対し、被告知行は、保証依頼人が登記簿上の権利者本人であることを確認するため本人を連れてくること、右確認の資料が必要であり、本人から実印が押捺され、印鑑証明書が添付された保証依頼書をもらわなければならない旨回答した。

(三) その際、被告知行は後日のため、右息子に本人及び物件の所在地、様子等について尋ねたところ、

(1) 本人の年令は五〇歳

(2) 本籍は北海道

(3) 物件の所在地は荻窪の駅近くで目標物は西保健所、学校であること、

(4) 門は木の門で塀は大谷石の石塀であること、

(5) 庭は広く樹木が沢山ある

とのことであった、そこで被告知行は後日本人が来た際に本人であることを確認する資料を得るために、本件物件を前以って見たところ、右説明のとおりであった。

(四) その後、昭和四四年三月二七日、前記息子が、母親は本件物件を処分することをも考えているので住所を移転したといって藤本カホルの住民票、印鑑証明書、委任状持参の上同女の住所変更登記申請を依頼して来たので、同日その委任を受け、登記申請手続をなした。

(五) 同年四月三日右息子が右住所変更登記済証を取りに来たが、その際被告知行は同道してきた母親藤本カホルから正式に保証書の作成を依頼された。そこで、被告知行は藤本カホル本人であることを確認すべく同女に対し生年月日、旧住所、物件の所在地、近隣の状況や建物の状況等を尋ねたところ、さきに息子から受領していた印鑑証明書、登記簿謄本等の記載や同被告が先に見分したところと合致する答えをなしたので同被告は同女の応答、態度より間違なく藤本カホル本人であることの確証を得、保証書の作成の依頼に応じた。そして同女が抵当権設定登記が可能な状態であることを銀行に示して改めて銀行員と登記申請依頼にくるというので、その時登記の目的欄と日付欄を記入することにして右欄を空白のまま同女に手交した。ところが同女は他の司法書士のところに右保証書を持参して、本件所有権移転登記をなしたのである。

(六) 以上の次第で被告知行は依頼人が登記簿上の権利者と実際に同一人であるか否かを万全の方法によって確認したのであって被告相沢知行には保証書を作成交付するについては何等の過失もない。

また、被告ふみは本件保証書の作成には全く関与しておらず、同被告は事後に報告を受けたに過ぎない。

六  被告竹内洋高は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面の提出もしない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によると、本件土地、建物は原告が昭和二二年五月一日買受けてその所有権を取得し、東京法務局杉並出張所同年六月四日受付第八四二五号をもってその旨の登記を経由していたものであることが認められ、右土地、建物について、被告申のために主文第一項掲記の、また被告同和信用組合のため主文第二項掲記の各登記がなされていることは原告と同被告らとの間で争いがない。

そこで、右各登記原因の有無について考えるのに、右被告らは、被告申は昭和四四年四月一〇日原告との間で本件土地建物を原告から代金三、〇〇〇万円、買戻期間を同年七月一〇日とする買戻特約付で、買受ける旨の売買契約をなして、これらの土地・建物所有権を取得し、これに基づいて、同被告のための前記各登記を経由したものである旨主張する。そして平沼高雄は被告が、原告名の「藤本カホル」と名乗る女性との間で右契約をなした旨右主張にそう証言をするが後記のとおり、被告申およびその使用人である右平沼が右契約につき面談した相手は被告渡辺フサであって原告ではなく、右契約は原告の何ら関知するところではなかったのであるから右証言は前記主張を認める証拠としては採用できない。また≪証拠省略≫には被告申が被告組合に対し、本件土地・建物につき元本極度額八〇〇万円の根抵当権を設定し、その旨の登記をすることについて原告に異議はない旨の記載があり、かつ原告名義の署名押印がなされているが、原告本人尋問の結果によると、右書面は原告のなんら関知するものではなく、何人かの偽造にかかるものと認められるので、これをもってしても前記被告らの主張を裏付ける証拠となし難い。そして他に前記被告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

被告組合は、原告が被告小宮山政行に対し前記売買契約締結の代理権もしくは少なくとも三、〇〇〇万円借受の代理権を授与したと主張するが、この事実を認め得ないこと後記のとおりであるから、これら代理権の存在を前提とする代理行為ないし表見代理による契約成立の主張も理由がない。

二1  ところで、被告申および被告組合のため右各登記がなされた経緯については、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は昭和二二年五月東京都杉並区荻窪三丁目一五一番地の本件土地建物を取得して以来ここに居住し、その旨の住民登録がなされていたところ、昭和四四年三月二五日原告不知の間に東京都杉並区役所荻窪出張所において原告代理人と称する被告吉井によってなされた届出により原告が翌二六日右住所から同都渋谷区笹塚三丁目三一番一〇号所在の被告吉井方へ転出する旨の手続がなされ、ついで同月二七日同都渋谷区役所笹塚出張所において同被告の届出により原告が同月二六日右被告吉井方へ転入した旨の住民登録手続がとられ、同被告に住民票写一通が交付された。

(二)  また、右三月二七日渋谷区長に対し被告吉井を保証人とする原告名義の印鑑の届出並びに印鑑証明書交付申請がなされたので、右印鑑が登録された上、右印鑑証明書六通が発行された。同年七月九日原告代理人佐野好子と称する若い女の申請に基づき原告名義の右印鑑証明書四通が発行された。しかるに右印鑑は原告のなんら与り知らぬものである。

(三)  司法書士の被告相沢知行は右三月二七日「藤本カホル」の息子と称する二七才位の年若い男の依頼を受けて、東京法務局杉並出張所に対し本件土地・建物について登記名義人の住所を「杉並区荻窪三丁目一五一番地」から「渋谷区笹塚三丁目三一番一〇号」へ変更する旨の表示変更登記申請手続をなしその結果、同出張所同日受付第九四九四号をもってその旨の登記がなされた。

被告相沢知行はその一〇日位後に右住所変更の登記済書類が出来上ったので、かねてきいておいた電話番号によって、その旨依頼者に連絡したところその翌日、前記男とその母の「藤本カホル」と称する女が同道してこれを受取りに来たが、その時同女から本件土地・建物を担保として金融機関から金融を得たいが権利証が手元にないので、保証書を作成して貰いたい旨の依頼を受けたので、これを承諾し、被告相沢ふみの署名押印を代行し同被告と連名で本件土地・建物について、登記の目的および日付を空欄としたまま登記義務者たる「東京都渋谷区笹塚三丁目三一番一〇号藤本カホル」の人違いなきことを保証する旨の不動産登記法第四四条所定の保証書二通を作成して、右女に交付した。

(四)  金融業者である被告申は同年四月初旬かねて知己の被告竹内および被告小宮山政行から同被告およびその叔母である「藤本カホル」を連帯債務者として同女所有の本件土地・建物を担保に三、〇〇〇万円の金融依頼を受けて承諾し、同被告らの案内で本件土地・建物附近で「藤本カホル」と称する女に紹介され、同女から、契約については被告小宮山政行に一任してある旨を聞かされたので、同被告および被告竹内と交渉した結果、同月一〇日担保の形式として同年七月一〇日までを買戻期間とする買戻特約付の売買契約をなし、同年四月一一日同被告らと同道して司法書士上杉正喜にその旨の登記申請手続を依頼した上、金三、〇〇〇万円を同被告らに交付した。右登記申請にあたり、被告小宮山政行はさきに被告吉井によって印鑑登録のなされた藤本名義の印章を用いて「藤本カホル」名義の右登記申請手続の委任状を作成し、かつ被告吉井によって交付を受けていた三月二七日付「藤本カホル」名義の印鑑証明書およびさきに被告相沢両名が作成した保証書を添付書類として提出した。

(五)  右登記申請が不動産登記法第三五条一項三号所定の「登記義務者ノ権利ニ関スル登記済証」に代えて同法第四四条の保証書の提出をもってなされたので、同年四月一七日頃東京法務局杉並出張所登記官から「渋谷区笹塚三丁目三一の一〇吉井方藤本カホル」宛不動産登記法第四四条ノ二第一項の規定による通知がなされたのに対し、右住所氏名が記載されかつ前記委任状に押されたのと同一の藤本名の印が押され、通知にかかる登記申請が間違いない旨の回答書が返されたが、これは被告竹内、被告吉井、被告小宮山政行、被告小宮山正子および被告渡辺のうちの何人かによって作成されたものと推測される。かくして、主文第一項掲記の各登記が経由された。

(六)  被告組合は昭和四四年五月八日かねて取引のある被告申の申込に応じ、同被告との間で信用組合取引契約を締結し、同取引から生じる被告申に対する債権の担保のため、本件土地・建物について元本極度額一、八〇〇万円とする根抵当権の設定を受け、かつ、被告申の債務不履行の場合弁済に代えて本件土地・建物の所有権を取得し得る旨の代物弁済予約をなし、同年同月二一日東京法務局杉並出張所において主文第二項掲記の各登記を経由した。

(七)  訴外明邦交易株式会社は昭和四四年七月五日頃訴外長末永子の斡旋で本件土地・建物を担保として「藤本カホル」に対し金四、〇〇〇万円を貸付けることを内定し同月八日同会社代表取締役白川章および専務取締役伊藤嘉六の両名が「藤本カホル」と称する女および被告竹内と会談した。しかし同人らの話の内容に疑念を持った伊藤は翌九日午前電話帳で「藤本カホル」の電話番号を調べた上、電話をかけたところ、原告に通じ、話の結果前日会った「藤本カホル」と称する女は本人ではないことがわかった。

原告はそれまで以上の事実を全く関知せず、伊藤の話により、自己の住所が渋谷区笹塚へ移転したことになっていること、本件土地建物に主文第一、第二項掲記の各登記がなされていること等を始めて知り、直ちに大森弁護士に事件処理を委任した。

白川および伊藤は大森弁護士と打合せた上、長末を通じて「藤本カホル」と称する被告渡辺に前記金融に関し明邦交易株式会社事務所への来訪を求めたところ、同日午後六時頃同女と被告竹内が来たので、面談するうちに白川が同女のにせ者であることを暴露し、同女および被告竹内は通報によってかけつけた警察官に逮捕された。また被告小宮山正子はその際、被告渡辺および被告竹内と同道してきており前記会社事務所の所在する建物の一階にある喫茶店に待機していたが、共に逮捕された。

被告竹内は右逮捕に引続き、警察署へ引致される直前隙を見て逃走し、爾来所在不明である。

警察における取調の結果「藤本カホル」と称していた女は被告渡辺フサであることが判明した。

2  以上認定の事実によると、主文第一項掲記の被告申のための各登記は、原告から何らの依頼を受けていないのに、被告竹内、同吉井、同小宮山政行、同小宮山正子および同渡辺(以下被告竹内外四名という)が互いに意思相通じ、或いは原告代理人と称し、或いは自ら原告になりすますなどして、前記住所移転、印鑑登録、被告申との契約、登記申請などの各手続を分担し、協力して不法にこれをなしたものと認めるに難くない。

四  そうすると被告申は実体上本件土地・建物の所有権を取得していないのであり、また、被告組合もこの被告申との契約によっては本件土地・建物についてなんらの権利も取得するに由ないから、これら被告両名のための前記各登記はいずれも登記原因を欠くものとして、原告に対し、抹消登記手続をなす義務がある。

五  一方、被告竹内外四名は原告に対し共同不法行為者として前記行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務あること明らかである。

被告吉井、被告小宮山政行、被告小宮山正子および被告渡辺は、本件は被告竹内の単独の不法行為であって、その他の右被告らは不知の間に被告竹内に利用されていたのに過ぎないから責任はないというが、この主張を認めて前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

六  つぎに被告相沢知行(以下知行という)、同相沢ふみ(以下ふみという)の責任について考えるのに、本件土地・建物について被告申および被告組合のためになされた前記各登記はいずれも登記済権利証の代りに被告相沢両名の作成にかかる前記保証書を用いてなされたのであること前記のとおりである。

ところで保証書は登記の申請に必要な登記義務者の権利に関する登記済証が滅失したときの代用書面であって、登記義務者として登記申請をする者が登記簿上の当該名義人と同一人であることを善良なる管理者の注意を払って確認し、保証するものであるから、保証人がこの注意を怠り登記義務者につき確実な知識を有しないまま誤った認定をなし、その結果これを悪用された登記簿上の登記名義人が損害を被った場合右保証書作成者は被害者に対し損害賠償責任を負うべきこと多言を要しない。

そして前記認定事実と、原告および被告知行の本人尋問の結果によると、被告知行はかつて原告とは勿論保証書の作成を依頼に来た「藤本カホル」と称する女とも一面識もないのにその女の依頼に応じ易々と保証書を作成したのであって、同被告が前記注意を怠ったことは明らかである。

もっとも、被告知行はその本人尋問において同人が、右の同一性を確認した根拠として同被告が前記保証書の作成を依頼された最初は昭和四三年一〇月頃「藤本カホル」の息子と称する若い男からであり、その際は「藤本カホル」本人を同道するよう求めると共に物件の外見、附近の状況等をきき、数日後現地に赴いてその確認をしたとか、「藤本カホル」と称する女が訪ねてきたときに、住所、生年月日を尋ねて登記簿謄本、印鑑証明書の記載と符合することを確認したとか、右女の外見も年令相応であり、物件に関する質問にも正確な答えをなし、悪びれた態度がなかったとか供述する。

しかし、たとえこれらの事実があったからといって、これをもって被告知行が善良な管理者の注意を果したものとはいい難い。なぜなら右確認の資料は全て当の「藤本カホル」と称する依頼者ないしその息子と称する姓名も知らぬ者から提供されたものばかりであり、これのみをもって登記簿上の真正なる名義人との同一性を判断するのは軽卒のそしりを免れないからである。

また、被告知行の尋問の結果によると、被告ふみは被告知行の母で、知行が司法書士としての業務上その判断で依頼者のため「保証書」を作成する場合には知行と共に保証人となることをかねて包括的に承諾し、その印を被告知行に預け、署名押印の代行を同被告に委託していたのであり、被告知行はこの委託の趣旨に従い、本件保証書に被告知行の署名押印と共に被告ふみの署名押印をなして本件保証書を作成したものであることを認めるに難くなく、被告ふみが保証書作成のもつ意味の重大性に思いを致さず、安易に被告知行に一切を委ね、本件保証に当り自ら注意を払って同一性の確認に当らなかった点過失があるこというまでもない。

そうすると、被告相沢両名は原告に対して連帯して同被告らの過失によって、原告に与えた損害を賠償すべき義務がある。

四 すすんで、被告竹内外四名および被告相沢両名(以下被告竹内らという)の前記不法行為によって原告の被った損害の額について検討する。

原告が本件土地・建物につき被告申および被告組合のためになされた主文第一、第二項掲記の各登記の抹消登記手続を求めるべく本訴の提起その他必要な行為の代理を依頼したことは前記のとおりであり、同弁護士が昭和四四年八月六日本訴を提起し、爾来訴訟活動に従事してきたことは本件審理の経過上明らかである。また≪証拠省略≫によると同弁護士は本訴提起に先立って東京地方裁判所に対し、被告申を債務者として本件土地・建物について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の仮処分を、また、被告同和信用組合を債務者として、本件土地・建物についてなされた主文第二項掲記の仮登記上の権利および設定された根抵当権の譲渡その他一切の処分を禁止する仮処分を申請したところ、同裁判所によって昭和四四年七月一七日その旨の仮処分決定がなされ、同日付登記嘱託に基づき東京法務局杉並出張所において登記簿に記入されたが、原告はその登録免許税として、合計金二〇万五、〇〇〇円を納付したことが認められる。

そして本件事案に照し、原告がその権利擁護のため弁護士に本件処理を委任し、同弁護士が本訴提起および前記仮処分申請をなしたことは必要かつ通常予想せられる相当な処置というべきである。

従ってまず、前記仮処分登記の登録免許税のために余儀なくされた原告の出費は被告竹内らの不法行為と相当因果関係にある損害と解してよい。もっとも、登録免許税は仮処分執行に必要な費用として、仮処分債務者たる被告申および被告組合の負担に帰すべき執行費用と解せられ、仮処分債権者たる原告は別途これにつき狭義の訴訟費用と同様、執行名義たるべき執行費用額確定決定を得て、右被告らから取立て得るのであるが、このことは被告竹内らに対する損害賠償請求を妨げるものではない。

次に、原告は大森弁護士に対し手数料および報酬を支払うべき義務を負うこというまでもないが、そのうち勝訴によって原告の受ける経済的利益、事件の難易その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲で被告竹内らの前記不法行為と相当因果関係のある損害を解すべきであり、同被告らは各自原告に対してこれを賠償すべき義務がある。ところで、記録上明らかな本件各登記抹消登記手続請求の訴訟物価格が一、六六四万円余であること、本件訴訟の難度その他これにあらわれた諸般の事情を総合斟酌すると被告竹内らが原告に賠償すべき弁護士費用は金一二〇万円と認めるのが相当である。

五  よって原告の被告申および被告組合に対する各登記抹消登記手続請求はこれを認容し、その余の被告らに対する損害賠償請求は、そのうち金一四〇万五、〇〇〇円およびこれに対する記録上明らかな各訴状送達の翌日から支払いずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条を各適用し、仮執行宣言は不相当と認め、この点の申立を却下して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤安弘)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例